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上京中

  孫達が新学期を迎えるので、7日の昼過ぎの全日空機で上京した。
その日は風雨が強く、飛行機は欠航になるかもしれないと心配したが、ちょうど飛ぶ時間は天気の回復が見られ、定刻に離陸した。
 私は孫の守を娘に「命じられて」いるにもかかわらず、シートベルトを締めた時点から「気絶」していた。

 私が目覚めたのは、着陸寸前の時間。
ドスンの衝撃で冬眠から目覚め、横に座っている孫に「ばあちゃん、よく寝ていたね^」と笑われてしまった。
後から聴くに、離陸して間もなく急降下が2-3回あったらしいが、幸い?なことに恐怖は感じず私は船を漕いでいた。

 さて、今日は下の孫の入学式。
新一年生132人に交じって、うちの孫も誇らしげに入場してきた。三年前にも上京して孫の入学式に参加させてもらったが、三年たてば三年分以上に孫たちの成長は驚くばかり。

 校長先生やPTAの会長さんの歓迎の祝辞があったが、中でも一番よかったのは6年生が一年生に呼びかけた挨拶だった。6年生を代表して挨拶をした女の子も、5年前は1年生だだったと思うと、子どもが成長するスピードは、驚異としか言いようがない。
どの子も伸びる天まで伸びるという言葉があるが、まっことどの子も成長してもらいたい(ね)

何か寂しい~~~~~シュン

 孫ご一行様が東京へ帰って我が家はもとの静けさは取り戻せたが、なにか寂しい。
婆ちゃん婆ちゃんと呼ぶ声も聞こえなければ、どこからか聞こえてくる笑い声もない。
 孫たちが来たときはいつもこうだ。
 今年の正月は父がいない正月で、お酒を飲んで大声で話す父がいないのも、寂しさを増幅させたのかもしれない。
 今日から普通の生活に戻る。

 普通の生活に戻った日。
夕方若者の訪問があった。静岡県から自然エネルギーの視察に来たという。
昨晩は徳島で車中泊し、徳島から6時間かけて梼原に到着。交番で宿を尋ねたら3つの宿を紹介してくれたので、近くにあった我が家に来たという。
 食事なしという条件で泊ってもらう事にした。

 長旅で疲れているだろうし、多分お腹も減っているだろう。見たところウチの二男とあまり違わない年かっこう。
 お節介虫が騒ぎだし、茶の間に案内して夕食時に食べた地ソバをご馳走した。
原発の事・福島の事そして檮原の自然エネルギー促進の事など、初めて会ったとは思えないようにおしゃべりを続け、朝はパンとコーヒーを準備した。
 飯台に向かって正座して食事をする姿をみると、「うん、ちゃんとしている子」と良くわかる。
食事の後、役場周辺と小水力発電所の見学に出かけて行った。

 若者は昼過ぎに支払いを済ませ四国カルストに向かったが、別れ際に「よいお年を」と私に言った。
「あら?お正月が終わったら、よいお年をって言い方はしない。こんなときはお元気でトカ又来ますと言うんだよ。よいお年をという挨拶をするのは、12月の半ば過ぎかなー」
 若者は少しポカンとしたが、Sさんもお元気でと言いなおして駐車場に向かった。

 今年もお節介おばさんになりそうな予感がする。


 

リセッツト

  父の葬儀から一週間が過ぎ、我が家もそろそろ普段の生活に戻り始めた。
母は疲れが出たのか、「自立神経失調症」と自己診断して、ここ2-3日は床に付いていたが、昨日の夕方ごろから「動き」出した。
母に、気持ちはわかるけれど「自分は自立神経・・・」だと暗示をかける様なことをしたら、本当の病気になって寝込むから、一応病院へ行って先生に話をして、特に悪いところがなければ元の生活に戻ろうよ」と励ました。
励まし過ぎてもいけないし、励まさずにいたらズーット塞ぎこむだろうし、なかなか難しい。

 私は部屋の模様替えをし気分を変えてこれからに備えたい。

(励ましのコメントを沢山いただきました。改めてお返事は致しませんが、ありがとうございました。)

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葬儀

 それは突然やってきた。
10月26日午前4時30分、父は92歳で旅立った。24日に心配だから身内を呼んだ方がいいかもしれないとの事で、近親者に連絡をとり、父を個室に移してもらった。
 私が会いに行った時は、酸素吸入していて「これはマズイ」と感じたが、暫く経つと目を開けてキョロキョロした。
「あれー?」っというような表情なので、気分はどう?と筆談すると、特にどういうことはないとの返事があり、もしかしてぐっすり眠っていて反応が鈍くなっていたのかもしれないと思っていた。

 妹が心配して見舞いに来た時間がちょうどお昼。
父は「メシ」を食わせと手招きしたので給食をたべさせた。
流動食に加工されたご飯とスープ・お茶を大サジ5-6杯食べて、暫く家族と筆談した。
部屋を移動したので、いつも手元にあるはずのチッシュペーパーを所定の所に置けとか、ひ孫が写っている写真を貼るところを指示したり、どう見ても重大が事が起きそうな気配は感じられなかった。
母は、今夜は付き添うと病院に宿泊。

 25日
自分で痰も吐き出す力はあるので、危険は遠のいたかもしれないと機嫌を診ながら筆談をする。
父が、「お茶の道具一式を小学校に貰ってもらえ」と伝えたので、私とTちゃんに頂戴と返事を書くと、「オッケー」と書いてくれた。
 「文化的価値があるお茶碗は幾つある?」と私  「全部」と父
 「売ったらどれぐらいになる?」と私  「?」と父
 「体調はどう?」と私   「快調」と父

妹が「次は28日に来るよ」と言えば、「29日が神祭なのでこの日に来い」と笑っていたという。
「バイバイ」と手を振ると「バイバイ」と手を振り返した父だった。

 夜中に母を呼び足を揉んだほしいと頼んだ後、眠ってしまったので母も仮眠を取った。胸騒ぎがするので何か変と父を見たらもう息をしてなかった。4時30分だった。

 かくして私は葬儀の準備に入ることになった。
初めて葬儀を執り行うことになったが、何もわからない。
26日の朝は神官さんに式の段取りを教えてもらう事から一日が始まった。
  

 
 

骨休め

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           ハガクレツリフネの白花

 台風のため時折思い出したように強烈な雨が降る。
16号は朝鮮半島に上陸した様だが、大型の台風のため影響範囲が広く、今夜も警戒が必要と報道されていた。
雨が降って来客なし。
こんな日は骨休めに限る。

 パソコンの周囲の片づけや、本の続きを読んだりダラダラした一日を過ごした。
明日は忙しい~~~~~~~~~~~マグロは又動き回ろう。

料理教室

  食生活改善グループに入って、初めての料理教室に参加させてもらいました。料理を習うのは学童保育所の子どもたち。
町の栄養士さんの指導のもと、お手伝いの私達は4人がそれぞれのグループを担当します。

 決められた献立と手順に従って、なるべく子どもたち自身が料理をするように、私達はサポートに専念しましょうと打ち合わせをしました。
包丁を持ったことのない子は、なかなかまな板の前に近付きませんが、少しでも経験がある子はメニューを見ただけで切り方をちゃんと知っています。

10時から始めた教室でしたが、時間までにはほとんどのグループがテーブルに着けるように、段取り良く出来ました。
いつもなら好き嫌いをいうTチャンだそうですが、自分が切ったオクラだから頑張って食べると言って、何も残さずたいらげました。

 学校の統合で、子どもたちをめっきり見かけなくなったこの頃です。
意識的に何かに参加して、子どもたちと合う機会をつくらなければ、子どもを見かけないので寂しいと嘆いても何にもならないと思いました。
 次に声をかけてもらえるのは、いつでしょうか?

説明は理解されたかなー

DSC05687.jpg
        二女 ピース


  梼原元気人事業にエントリーして、昨日その審査を受けてきました。
決められた時間の5分前に控室に案内され、審査員の皆さんが待つ会場へ。
どんな具合になるのか想像もつかないまま、緊張して着席。「あーぁ 申請者にならなければよかった」と思いつつ、ここまできたら当たって砕けろ!

 担当者に促されて、補助申請の内用とこれからのスケジュールについて説明をしました。
この事業を考えたいきさつ、今後の活動内容と展望など思いのままに説明し、私の提案に賛成してくれたアイターン者のMさんの補足説明に助けてもらいました。
 審査員の皆さんから質問や新たな提案も頂き、審査会は終了しました。

 私が考えているプロジエクトは、「我が家も小さな発電所」プラン。
環境モデル都市として、全国から視察が続いている梼原ですが、いくら全国一の補助金を受けられると言っても、どこの家庭も2-3百万円の費用をかけて太陽光発電を設置しようとはならない。
 たとえ、経済的に豊かな家庭でも、次の世代に家を継ぐ者がいなければ、管理ができない不安も起きる。

 それなら、身の丈に合った太陽光発電を自分で作り、太陽の恵みを体感しよう。小さい発電でも数が沢山出来れば大きな出力になるし、何よりも「住民意識」を一歩前進出来はしないか~~~~
分で太陽光発電を作るということは、教育的に考えても有効。
 仕上がったパネルは自宅で発電したい。
 
 審査員からは、仕上がったパネルは蓄電池を準備して、街灯がないところに備えれば地域の安全に貢献でき、地域地域でパネル作りをひろげられれば、プロジエクトも生きるとのアドバイスに感謝!
 梼原高校の特性として「太陽光パネル」を生徒さんが作成し、高校と地域が繋がる・・・・・・・・

 審査が終わった今、「セル」をハンダ付けし、仕上がったパネルにテストの電流を流して「成功!」とニンマリしている私の姿を想像しています。
審査の結果がいつ出されるのか知らされていませんが、ただ待つしかありません。

  
いろいろ夢が広がるプロジエクトです。
さて、どうなりますか~~~~~~~~~~~~審査がブーなら3人でやってみるか・・・・・・

 



あれからーーーー

 又寒波が襲い昨日から雪になった。
景色だけを見ると、まるで北海道と宿泊のお客さんがつぶやいた。
街路樹を通りすぎる風は、直線でぶつかって来るので、肌に当たると痛いのなんのって!

 さて、病院を転院した爺ちゃんは3日に手術をした。
手術は簡単ですと説明を受けたが、全身麻酔だし高齢者だし・・・・・と心配していたが「軍隊で鍛えた」と自慢の体は、2時間の処置に十分耐えて現在は食欲も出て順調に回復をしている。

 先日、母と弟と見舞いに行った。
家族の顔を見ると安心したのか、途端に偉そうな態度になり「あれせーこれせー」(あれもせよ。これもせよ。)と命令調に指示を始めた。
 母と目で合図し、入院中は黙って従うけれど退院したらそうはいかんね・・と身の周りの世話をやいてきた。
これが、体調も思わしくなく弱っている様子なら「優しく」する気持ちは山々だけれど、嬉しいことに元気を取り戻せる確信がもてたので少し厳しく思ったわけ。

 友人も話していたが、高齢者の持てる力を周囲の者が奪ったらいけない。高齢者は周囲がやってくれると思ったら、「高齢」ということを錦の御旗を掲げて、なーんにもしなくなるって。
 そうかもしれない。
折角娘が帰ってきたのに、少しも楽にならないと思っているかもしれないが、急ぐことはないので今までのパターンを崩さないで遠巻きでみるだけにしようと考えている。

 明日は見舞いに行く。

北風は吹き続けている~~~~おーのヒヤイチヤ!


 

2011年12月31日

天狗風車12月31日


2011年12月31日の四国カルストの風景です。
一週間前に降った雪はほとんど消えて、草原がまだら模様になっています。あくしゅに訪問していただいたみなさん、今年もお世話になりました。
 
 2011年の幕開け時に、あの大震災が起きる事は夢にも思いはしませんでした。しかし、3月11日に巨大地震が発生し、多くの方の命や財産を奪いました。
地震は自然災害ですが、原発事故は人為的災害です。天災は諦めがつくが、人災は許さないとの現地の方の声は、よく理解できます。
 住み慣れた故郷は放射能の為に近寄れない・・・・・・・こんな悲しいことはないでしょう。

 野田政権は、原発事故の 収束宣言をだしました。
私は耳を疑いました。収束って?事故が治まったの?収束だけどまだ危険?意味がわかりません。
 福島県議会は、全会一致で政府の収束宣言を取り消すように決議の声を上げたそうです。

新しい年は、どんな年のなるか見当がつきませんが、少なくても人間が作った物で人の命を危うくするものだけは排除したい。
 たとえそれが便利なものであっても、「終息」のために何十年・何百年もかかるような原子力発電はなくしたいと思います。
そのために私が出来る事はなにか、改めて考えて同じ考えを持つ方々と手をつなぎたい。
 どうかみなさん、良いお年を!

人間失格 ♪



12月町議会が今日閉会します。
傍聴にだけは休まずに行こうと決めていたが、仕事の段取りの為と「気」が乗らない事もあり、会期4日の内2日しか出かける事はしませんでした。
 今日の採決で全員一致で提案された議案は可決・承認されると思います。

 今日は冬至。
朝から重たい雲が垂れこめて、今にも泣き出しそうな空模様です。
先ほどから小雨が降りはじめました。
この雨に大陸から冷たい風が送られて来ようものなら、小雨は雪に変わります。いつ雪になるかハラハラしています。
 雪が積もったらもうーどこにも出かけられません。精々近くのスーパーへの買い物に出るぐらで、事実上冬眠状態。
 

 「人間失格」という曲を貼り付けました。
なんだかつまらない日だあって、日がなダラダラしていた3-4日前の事。目的もなしにuーチューブを開いて耳に入ってきたのがこの曲。
 大分前に、ラジオだったか何かでこの音楽を聞いて「何?」と妙に気になっていました。そんな時に見つけた「人間失格」

 私に置き換えて聞いていると、ム・・・・・・・
 

社会福祉協議会の復活は早く

 12月議会の二日目、一般質問の傍聴に出かけました。開会日の一般傍聴者は私一人でしたが、今日は席が足らないほど沢山の方が来られていました。
 9月議会から傍聴席の最前列に机が準備されていますので、メモが取りやすくて大変ありがたい。

 今回の質問者の4名のうちの3名が「社会福祉協議会」の復活について通告されていました。
当町は世にも珍しい?社会福祉協議会がない自治体。
一般質問で分かったことは、介護保険制度が施行になる年に、従来あった福祉法人と社協が同じようなことをするのなら、社会福祉協議会を廃止し一本化した方がいいだろうということになって現在に至っている。しかし、町民の中からも「復活」を望む声が多くあり、また、要求が多様化している今日現状のままでは人材を育てる事も困難で、現在様々な事業の後退がみられているようです。
議会は、特別委員会を設置し、来年12月議会で結論を出したいとの意向で、開会日に特別委員会設置が議決になりました。

 質問戦で執行部に今後の方針を問う場面が何度も見られましたが、質問の内容も答弁も「打ち合わせ済み」の感がして、緊迫感を感じる事ができませんでした。

 本来なら、社会福祉協議会を廃止するという「無謀」とも言える決断を町が提案したとしても、議会のチエック機能が働いたならば、世にも不思議な事は起こらなかったと私は感じます。
過去の事とはいえ、社会福祉協議会がなくなり、結果として町福祉が前進しなかったことは、町民にとって大変迷惑なことで、当事者はどのように町民に説明されるのか大いに関心が深まる事でもあります。



 

伊方原発を止める会

原子力発電所の事故はによる放射能汚染は、解決の道筋も定まらないまま、年を越そうとしています。
汚染した土を処理するにしても、残土はどこに保管したらいいのか、野や山の汚染対策はどうするのか、気が遠くなる困難な課題です。
 先日福島県から避難してこられた方の話を聞きましたが、その方は幼い子供を抱え故郷を後にしましたが、本当は今すぐにでも帰郷したいが、将来子どもの健康を考えると不安で不安で・・・・と涙ぐむというより東京電力に怒りで震えていました。

 四国にも愛媛県伊方町に原子力発電所があり、しかも近くに断層があるそうです。
なぜ、そんな危険なところに危険な原子力発電所を建設したのかは、SIMANTO114さんのブログを見ていただきたい。

 もしの時に風向きで危険な位置にある我が町。
直線距離で50Kmだから安心とは言ってあられません。
民主党は電力会社からパティー券の購入や、電力会社の組合から献金を受けているて当てにならないし、自民党も原発をなくそうとのコメントは出していません。
 大きな政党は電力会社と利害関係が大きいから、たぶん国民運動の様子を見ているのだろうと思いますが、私に出来る事はなにかと考えていました。

 そこに飛び込んできたのが、伊方電発を止める会が起こした「伊方原発運転差し止め訴訟」
民商新聞の折り込みでこのことを知り、早速資料を送ってもらいました。
 原告になるためには、諸費用を含めて10,000円の負担が必要ですが、10,000円だして「私の意思表示」が出来るなら、大変ありがたいことと思い締め切りぎりぎりになりましたが、今から速達で申し込みをしてこようと思います。

 今、伊方発電所にある3つの原発のうち2基は定期診断で運転を休んでいます、後の1基は来年早々検査に入りますので、近いうちに運転が止まるでしょう、
三分の二の原発が止まっていても、電力不足は起きていませんし消費者も節電を進めれば少なくても2基の原発は稼働しなくてもいいってことに。

 何かがあれば取り返しがつかない原発事故におびえながら、今のままの電気の消費を続けてもいいってことにはなりませんので、生活のスタイルも少し改善しつつ、「原発をとめて」の意志は表明したいと思います。

冬支度

 ひと雨ごとに気温が下がり、梼原はそこまで冬が来ているらしい。
今日は比較的暇なので、自分の部屋とお勝手の冬支度をした。
夏の名残りがある物は箱にしまい、暖かい寝具に変えた。
 夏の名残のものは、なにも「物」だけではなく、私の心に密かに残したい思いでも入っている。寒くなったら気持ちが後ろ向きになりそうなので、「夏のアレ」はすぐに出せるところにしまっておこう。すぐに出せれば気持ちが軽くなる。

 さて、最近趣味の絵手紙を書く時間がなく、もんもんとしていた。
筆を持つ時間はほんの少しでいいのだが、忙しい気持ちだと出来あがった手紙に、心がこもってないような気がするので、投函できない。
 いつまで待っても描く時間は取れないので、一部屋(いや一部屋の半分)を絵を描くスペースを確保することにした。
冬支度のついでに絵の道具を机に並べ、ここに座ればいつでも筆を持てるように準備した。

 秋の夜長~~~冬の夜長にチンチロ.チンチロの虫の鳴き声を聞きながら、絵手紙に没頭する時間を作ろうと思っている。

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無題



生きている証しに、最近「ラジオ深夜便」で耳にした音楽を紹介します。
10日11日に関西方面から、40人近い視察団が来町され民宿に分箔します。その御手伝いが済むまでブログ更新はお休みです。(休んでました)

 12日から町議会
生々しい?議場の様子をまたブログで紹介します。

何か足らない

DSC06962.jpg
            サギソウ

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            イワタバコ


  孫達が帰って我が家は元の生活になったが、何やら物足らない。
私の横でご飯を食べていた孫一号。
斜め前に座っていた孫2号。
二人の姿がない食卓は、なんとも寂しい。
 
 一日中そこらじゅうでキャッキャと響く声があったおかげで、年寄り家庭はそれだけで元気が出た。
近所にも小さい子供がいないし、家の前を登下校のときは子どもの声が聞こえていた。
子どもが少なくなったといえ、それなりに子どもの声を聞くことが出来た。しかし、小学校の統合でそれは聞こえない。
町の中心に住んでいても、子どもを見かける事はほとんどなくなった。

 そんなときに20日も居てくれた孫。
学校が始まるからと「もっと居たい」と言いながら帰って行った。
90歳 86歳 62歳 52歳の爺婆は「あの子達は今頃何してるかねー」と言うのが口癖になってしまった。
 
くろねこ時計
つ な が る よ 
あくしゅのデーター

hinatatosatori

Author:hinatatosatori
写真は「アケボノソウ」

★19××年8月26日/四万十川の源流付近で生まれました。
一女・二男の母親。
目の中に入れたくても入らない孫二人。

★只今自然エネルギー自給率28.5%の町に住んでいます。伊方原 発廃止のための裁判では原告の仲間になりました。

☆支持政党は、「日本共産党」です。
     
★ 2007年6月1日
  ブログ「あくしゅ」をオープンしました。

★ コメントはどなたからもお受けします。
ただし他人の誹謗中傷の内容だと「私が」判断すれば、管理者の責任で削除します。

★血液型  大型(0型)
身 長   156cmだった。
体 重   測定不能
      

   【アクセス数記録】 

9月13日に1000ヒット達成。11月1日に2000ヒット
12月12日3000ヒット達成! 
08年1月22日に4,000ヒット達成!
5000アクセスは2月29日  切り番は、薩摩長州さん
6000アクセスは4月5日  切り番は友さん。
7000アクセスは5月10日 切り番はネコちゃん!
8000アクセスは6月⒍日  切り番はみどりさん!
9000アクセスは7月3日  切り番はネコちゃん 
10,000アクセスは7月29日 切り番はケンシロウさん
15000アクセスは10月30日 切番はSさん。
30000アクセスは5月29日 切番はネコちゃん  
40000アクセスは9月10日 切番は?

70000アクセスは2011年6月13日 切り番不明
90000アクセスは2012年10月13日切り番さん不明


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